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エジプトで使われるイスラム暦とラマダーン

エジプトはイスラムの国ですが、西暦とイスラム暦(太陰暦)の二つが普段の生活で使用されています。

一般的な日頃の生活は西暦を使用していますが、イスラムの習慣で、1週間は土曜日から始まり、休日は金曜日というのが通常です。イスラム暦は、ヒジュラ暦とも呼ばれ、一年が354日で、一年に11日ほど太陽暦とずれていきます。

ヒジュラ暦のヒジュラとは、現地の言葉で、「移住」を意味します。
預言者ムハマッドがメッカからメディナへ移住した年を起元元年とするもので、現在は、イスラムの行事のときにのみ利用されます。ただイスラム暦はエジプトの国民に深く根付いている暦だといえます。


ラマダーン
イスラムの行事のなかでわたしたちも最もよく知っているのは、ラマダーン(イスラム暦の9月)の断食月だと思います。

ラマダーンには、日の出から日没まで一切の飲食が断たれます。唾も飲みこんではいけないという割れるほど厳しいことなのですが・・・・・

太陽が出ていないときにはもちろん食べてもいいわけで・・・昼間の断食の反動ともいえるほどめいっぱいのご馳走が並びます。

昼間、甘いものに飢えているので、ただでさえ強烈な甘さのエジプトのお菓子は、それに輪をかけてものすごい甘さとなります。この甘さ、本当にとんでもないです。砂糖をそのままスプーンで食べるという感覚以上かも知れません。

日没後の食事のあと、近所の人を訪問しあったり、街へ出たり、とナイトライフは大賑わいです。
夜中までにぎやかに過ごしたあと、日の出前に最後の食事「朝食」を食べて、ちょっと仮眠して仕事に行くことが通常です。

ラマダーンの期間は、慢性的な寝不足で、また夕方は、食事めがけて突進する人たちでカイロの町など戦場のような混雑となります。

ラマダーンの時期は、国民の大部分を占めるイスラム教徒が断食をすることから、生活時間帯が通常の時間帯とずれ、労働時間は短くなります。

レストランなども、営業時間が日没後から夜遅く(深夜3時までのこともあります)になることもあります。

夜中の3時まで営業といわれても、24時間営業のお店をよく知っているわたしたちからすれば、そんなすごいことではないのですが、ラマダーン以外の時期にはそんなことは全くないので、やはり特別な時期だといえるのではないでしょうか。





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エジプトの美術の伝統、イスラム美術とコプトの美術

エジプトの美術には、国民の90パーセントを占める、イスラム教スンニー派と7パーセントを占めるキリスト教コプト派の流れが伝統として息づいています。

今回は、エジプトの美術のコプト美術、イスラム美術を詳しくお伝えしたいと思います。


☆コプト美術
今でこそ、エジプトはイスラムの国ですが、アラブ人がエジプトを征服する以前、現在のエジプトの地域一帯にはキリスト教が広まっていました。

3世紀以降に土着のエジプト人の間に広まったものです。

この時期のキリスト教化したエジプトの美術をコプト美術と呼びます。
ヘレニズム、ローマ、ビザンチンの各様式を折衷しているのが特徴です。

コプト美術の代表的なものは、ケナー近郊のデンデラのバジリカ式聖堂や、ソハーグの「白い修道院」「赤い修道院」などです。


☆イスラム美術
アラブ人のエジプト征服で、エジプト・イスラム美術は花開きます。
首都カイロが建設されたのは、10世紀のファーティマ朝時代です。
この時期に大モスクなどのイスラム風建築が次々と建設され、エジプトは急速にイスラム化していきます。

12世紀後半からのアイユーブ朝時代には、カイロからフスタートまでを囲む城壁が建設されるなど、軍事的建造物が発達します。
しかし16世紀になり、トルコ支配が強まると、カイロの芸術家たちはトルコのイスタンブールへ移されることになり、エジプトの芸術は一気に衰退の道をたどることになったのです。

カイロは世界遺産に指定されている都市です。
イスラムの建造物といっても1300年以上もの歴史があり、その果てしない時間の流れがまるで止まったようにカイロには、さまざまな時代の建造物が集結しています。
微妙に異なるさまざまな建築様式をたどってみるのも、カイロのひとつの歩き方かもしれません。

コプト美術とイスラム美術の融合された都市、カイロにぜひあなたも行ってくださいね。





官能的な踊り、エジプトのベリーダンス

カイロ、アスワンなど、エジプトの都会のナイトクラブでは、ベリーダンスと呼ばれる官能的な踊りを観ることができます。

イスラムの女性は、父親と夫以外の男性からは隔離されるように生きています。
そんなイスラムの国エジプトにあって、不思議にも思われるほどのセクシーな踊りです。
実際、保守的なイスラム教徒は、ベリーダンスの廃止を求めているそうですが反対意見も多く、需要が批判を上回っているようですね♪

もともとベリーダンスは中近東が発祥の地といわれ、エジプトに限らず、トルコやギリシアなどでも観ることができます。

ベリーダンスは古代エジプトの女王、クレオパトラも踊ったと伝えられています。

「ベリーbelly(腹部)」のダンス(踊り)といわれるだけあって、おなかの動きに特徴があります。
どうしたらこんなに動くのだろうか、と思うほど、腰やおなかを実に見事に・・・セクシーに、動かします。メタボの人には効果があるかもしれません。といってもそんな人のベリーダンス誰も見たくないでしょうが・・・・。

中近東諸国では、ベリーダンスという名称ではなく、オリエンタル・ダンス、またはラッカス・シャルキーと呼ばれています。

ベリーダンスには本来、子孫繁栄の意味があるので、結婚式で披露されることが多いです。
レストランやナイトクラブ、そのほかナイル川をくだるクルーズ船などでも、ショーの一環として披露されます。

生演奏でいよいよ場が盛り上がる頃、大きく胸をはだけて、腰までスリットの入った、透けるようなセクシーな衣装をまとったダンサーが登場します。

何かに憑かれたようなその踊りは、観ているものの心に迫るものがあります。
演奏される音楽の異国的なムードもまた、この踊りの欠かせない魅力です。

大変魅力的な踊り、ベリーダンスはエジプト旅行では欠かせないものの一つです。エジプト旅行では日程に組み込まれていたり、オプショナルツアーで用意されていることもあります。ぜひご覧になってくださいね♪






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