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エジプトの美術の伝統、イスラム美術とコプトの美術

エジプトの美術には、国民の90パーセントを占める、イスラム教スンニー派と7パーセントを占めるキリスト教コプト派の流れが伝統として息づいています。

今回は、エジプトの美術のコプト美術、イスラム美術を詳しくお伝えしたいと思います。


☆コプト美術
今でこそ、エジプトはイスラムの国ですが、アラブ人がエジプトを征服する以前、現在のエジプトの地域一帯にはキリスト教が広まっていました。

3世紀以降に土着のエジプト人の間に広まったものです。

この時期のキリスト教化したエジプトの美術をコプト美術と呼びます。
ヘレニズム、ローマ、ビザンチンの各様式を折衷しているのが特徴です。

コプト美術の代表的なものは、ケナー近郊のデンデラのバジリカ式聖堂や、ソハーグの「白い修道院」「赤い修道院」などです。


☆イスラム美術
アラブ人のエジプト征服で、エジプト・イスラム美術は花開きます。
首都カイロが建設されたのは、10世紀のファーティマ朝時代です。
この時期に大モスクなどのイスラム風建築が次々と建設され、エジプトは急速にイスラム化していきます。

12世紀後半からのアイユーブ朝時代には、カイロからフスタートまでを囲む城壁が建設されるなど、軍事的建造物が発達します。
しかし16世紀になり、トルコ支配が強まると、カイロの芸術家たちはトルコのイスタンブールへ移されることになり、エジプトの芸術は一気に衰退の道をたどることになったのです。

カイロは世界遺産に指定されている都市です。
イスラムの建造物といっても1300年以上もの歴史があり、その果てしない時間の流れがまるで止まったようにカイロには、さまざまな時代の建造物が集結しています。
微妙に異なるさまざまな建築様式をたどってみるのも、カイロのひとつの歩き方かもしれません。

コプト美術とイスラム美術の融合された都市、カイロにぜひあなたも行ってくださいね。





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エジプト古代芸術とは何?

日本でも全国のいろいろな美術館、博物館でエジプトの古代芸術展が開かれていて、何度も足を運ばれたかたも多いのではないでしょうか。

古代エジプト美術の特徴はは、神々の崇拝や宇宙創造神話、死後の世界への信仰です。

ファラオ(王)は神の代理人であり、エジプトの古代芸術はそのファラオの政治権力の保護を受けて発展したことから、政治的目的が色濃いものです。
ファラオの統治は、3000年間続き、古代エジプトの美術には、それぞれの時代の王権の強大さが反映されています。

建造物は、ピラミッドに代表されるように幾何学的形状をもちます。
絵画も定型化、抽象化された図柄が目立ち、これらはその後のエジプト美術の基盤となりました。


一方、古代エジプトの建築にも、エジプト人の死生観がよく反映されています。
死後の世界を信仰するエジプト人にとって、墓は永遠の家を意味するきわめて重要なものでした。
そのため大きくて頑丈な石造建築が用いられたのです

そのほか、オベリスク(方尖柱)もエジプトの特徴的な建造物のひとつです。
これは太陽神ラーの信仰が強まってくるにしたがって建造されるようになりました。
日の出を象徴する役割をしています。

神を祀る神殿も巨大で、前面にオベリスク、列柱がならぶ様式がとられています。


また、エジプトを訪れて、エジプトの遺跡を訪れているなかで目を引くのは、その壁画のすばらしさだと思います。

壁画は死者を来世は旅立たせる案内書として墓室に描かれました。

したがって壁画では、永遠にふさわしい人物像・・・つまり抽象化された人体が追求されました。
わたしたちが現在見慣れているような三次元的な描写ではなく、顔は横から、目と眉と両方の肩は正面から、そして胴と足はまた横からみたものが描かれているのが一般です。

ここでは写真として紹介できませんが、みていただければすぐわかると思います。

抽象的な壁画と比べ、彫刻は写実的です。
これは彫刻が礼拝所に安置される目的でつくられたことに原因します。
死者の霊が宿りやすいように、という意識があるためです。

エジプト芸術にとって、壁画と彫刻は本当に素晴らしい宗教的な意味も持つものだと思います。




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